リザルトカレンダー:8月

8月の経過
1 2
日本の生活デザイン展『日本沈没』
3
順天堂浦安病院
4 5
茅野へ
6
蓼科高原映画祭
7
蓼科高原映画祭諏訪大社上社近辺Comlin茅野どんばん『フィフス・エレメント』
8
茅野から
9 10
『アラクノフォビア』
11
『ブルース・ブラザース[ディレクターズカット版]』『ロッキー・ホラー・ショー』『オースティン・パワーズ』
12
『スピード2』『つめたく冷えた月』『ロミオ&ジュリエット』
13
『うっかり博士の大発明』『ウワサの真相 ワグ・ザ・ドッグ』『陽のあたる教室』『日本沈没』『SF サムライ・フィクション』『生きる』
14
『ロスト・ワールド ジュラシック・パーク[ロング・バージョン]』『L.A.コンフィデンシャル』
15
諏訪湖の花火
16
諏訪湖観光
17
カナディアンファーム茅野から
18
『REVIVAL OF EVANGELION 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)/Air/まごころを、君に』『金星怪獣イーマの襲撃』『恐竜グワンジ』
19 20
相模原職安、『GODZILLA』
21
22
Tの引っ越しの荷造り『怪談』
23
Tの引っ越しの手伝い
24
『トゥモロー・ネバー・ダイ』『女はそれを我慢できない』『ショーガール』
25
『コレクター』
26
相模原職安「マカロニほうれん荘」
27
『アルタード・ステーツ』
28
映画『マトリックス』
29
NINTENDOスペースワールド’99ポケモンセンタートウキョー
30
『メン・イン・ブラック』
31  

8月の感想

8月2日(月)
日本の生活デザイン展 20世紀のモダニズムを探る(〜8/8)
 展示されてるものはそれぞれに魅力的。ただし、掲げてるテーマのわりにはボリュームに欠ける。いろいろ勉強するとっかかりにはいいかも。
 ビデオがたくさんかかっていたけど、あんまり見やすい状況じゃないなあ。それと、展示物の説明をもっと読みやすくするとかはできないのかなあ。
 ところで、うちの実家の家というのはイナカには珍しかったろう様式で、まあ洋館である。靴は脱ぐけど畳の部屋はひとつもなく、屋根は銅葺きとんがり屋根。昭和のはじめにライトがらみの人(誰だ)の作ったものだという話になっている。椅子とかベッドとかサイドボードとかの家具は三越らしい。
 床やドアや照明、セントラル・ヒーティングといった個々のディテールはモダニズム建築でよく見る感じなんだけど、外観はぱっとしないし、あんまり使いよいわけでもない。建てた当初からの状態が保存されているわけでもない。だけど、こういう展覧会で生活文化の変遷とか見ていると、あれはあれでやっぱりいっぺんきちんと調べたほうがいいのかなあ、と思ったりする。こんど帰省したら少し調査してみようかな。どういう下準備が要るのかなあ。
8月3日(火)
順天堂浦安病院
 胆嚢結石でシリツすることになったKおじさんのお見舞い。会社(ケミカル・日用品・化粧品大手)で定期検診とかやってるんだけど、そういうのって役に立たないときは全然役に立たないんだなあと思う。一応わかってたとはいうんだけど。そういえばこの前におじさんと会ったのは、三井記念病院にお見舞いに行ったときだった。何の病気だったっけか。その後何年かドイツへ行ってて、帰ってきてからは初めて会う。
 京葉線の新浦安駅すぐなんだけど、あえて東西線の浦安から歩く。なんでそんなバカみたいなことをするのかというと、『浦安鉄筋家族』の浦安と、京葉線から見える浦安のイメージがまったく合致しないのを不審に思ってたから。もともと漁師町だったという話と、地図のようすから検討をつけると、団地のあたりはゼエーンブ埋立地に違いない。実際歩いてみたら、だいたいそんな感じだった。もとのようすとかは、ちょっと調べたら出てきそう。いつごろ開発されたのかな。
 大きな病院。おじさんはまあ元気と言えば元気だけど、けっこうたくさん石ができてるというので、胆嚢は切ることになった。最近は超音波破砕はあんまり流行んないそうだ。
 入院してとりあえずの処置としては、胃カメラみたいなのを口から十二指腸まで入れて、見えてる石を“マジックハンド”で取った。こんどは何箇所か小さな穴を開けて、カメラとか“マジックハンド”を入れて切る。こないだのSちゃんの気胸のシリツと同じく、ホチキスみたいな器具も使うらしい。大きく切るといろいろメンドーなのだ。
 全身麻酔とかいろいろするので、たくさん書類にサインしないといけない。“失敗しても文句言いません”というのではなく“医者から説明を聞いて、シリツの実施を納得しました”という内容だ。ちょうど署名が1コ必要だったので書く。
 新浦安駅近く(駅の近くにしかないのだが)のショッピング・センターの居酒屋でJおばさんと夕食。あんまり話したことなかったけど、家族の話とかいろいろする。よかった。
8月5日(木)
茅野へ
 きょうから始まる映画祭に行くことにした。とかいって、よし行くぜと具体的に決意したのが昨日なので、いろいろ準備とかあって今日の上映は見られない。たいへん無計画だ。
 自転車で町田駅へ。自転車を15分で袋詰めして(自己新記録)、改札で「自転車の切符ください」というと、売ってくれない。JRは去年の11月から自転車持ち込みがタダになったんだそうだ。例の「トレンクル」だけかと思ってたら、大きいのもみんなオッケー。すばらしい。お金はもともと大したことないけど、なにより自転車が歓迎されてる感じがいい。JRは鉄道+自転車という連携を本気で考えはじめたということか。こうなったら次は自転車直接積める列車を出してほしい。幹線だけでも、本数限定駅限定でもいいから。使います。
 八王子から甲府行き、甲府から岡谷行き。茅野(ちの)に着いて駅前で自転車組み立ててたら、おじさんが「故障?」と声をかけてきた。いろいろ世間話してるうち、うちの近くに住んでる人だと判明。定年退職して、こっちに別荘建ててるところだそうだ。自分で大工仕事なんかもして。仕事と人生の話なんかされる。うーん、フラフラしてて申し訳ない(と少しは思ってるつもりなんだけど)。
 実家から果物や野菜なんかが届いたばっかりだったので、庭でとれた桃と、なぜかメロンを持っての移動だった。
 滞在先はEちゃん家。ごめいわくをおかけします。
8月6日(金)
小津安二郎記念・蓼科高原映画祭(メイン会場・茅野市民会館)
 小津は後年、蓼科(たてしな)の別荘で地酒「ダイヤ菊」をガブガブ飲みながら脚本を練ったりしてて、茅野とはなかなか縁が深い。映画祭は今年で二回目。四年後の小津生誕百年での国際映画祭化を目指しているらしい。
 今回会場が分散してて、市民会館以外はちょっと時間も場所も行きにくいので動かないことにした。きょうは小津の戦後第一作『長屋紳士録』と新藤兼人の『午後の遺言状』、それとシンポジウム。
 『午後の遺言状』は茅野のご当地映画なのだった。“枯れた味わい”とかではなく、ずいぶん生臭く、しかし不思議な軽さもある映画。途中で出てくる警察の描写は、もうちょい現実かウソかに振ったほうがよかったかも。でも面白かった。
 シンポジウムは深作欣二・新藤兼人・斎藤武市という豪華メンバーで、小津や小津映画をめぐるトーク。なかでも深作監督の小津映画に対する敬愛の表明(“リスペクト”)はなかなか味わい深かった。戦争体験がそれぞれの映画作りに与えた影響とか、面白い昔話がたくさん聞けてよかった(信毎の記事)。会場には若松孝二監督の姿なんかも見えました。東京から往復しやすいってのはゲストを呼ぶのにいい条件かも。
8月7日(土)
小津安二郎記念・蓼科高原映画祭(茅野市民会館)
 最終日は『東京物語』。信毎の記事によると400人来てたらしい。多いなとは思ってたけど、そんなにいたのか(前のほうに座ってたのでうまく数えられなかった)。
 市民会館の建物は古いけど、上映環境としてはいい雰囲気。こないだガメラ見に行った「かつしかシンフォニーヒルズ」よりよっぽどいい。ときどきロール・チェンジに失敗するのはご愛敬。
 映画あんまり見なかったけど、イベントとしてはそこそこ満足できた。来年はどうなるのかなという期待感がある。“毎年暑い盛りには蓼科高原で映画漬け”ってのはイケるイメージだと思う。映画祭ってリゾートにこそ似合うし。課題は“小津”からどうふくらませるかかな。
 映画の終了後、宮川一夫カメラマンの死去が伝えられた。
諏訪大社上社近辺
 去年の柱のようすを見に、とりあえず前宮(まえみや)へ。相変らず静かなところだ。柱の周辺は、建ててる最中は完全に土が露出しちゃってたのが、今は草が生えている。このままあと四年半放置されるんだな。
 神長官守矢史料館(検索:インフォシークインフォナビゲーターフレッシュアイ)。去年来たのはなんとなく覚えててくれたみたい。こないだタンポポハウスを見た話なんかする(藤森氏の実家はこのすぐ近所である)。奥の展示室は展示替えされていた。来週からは企画展とのこと。
 裏のミシャグチ神と古墳をちょろっと見てから、こないだ丸焼けになった法華寺。新聞の写真見たとき「映画みたい」て思ったけど、映画だったらここまでは燃やしません、というぐらい焼けていた。周囲の立木も枯れてるし、未だに木の燃えた臭いが漂っている。いま完全な更地。とりあえず庫裏を急いで再建中だった。ちょっと寄付する。
 しかしこれが付け火だというのが最悪。本宮(ほんみや)の境内で今日予定されていた映画祭も中止になった。夜回りなんかで地区の人の負担が大きすぎて、映画どころじゃないらしい。
 諏訪市博物館では諏訪の鉄道史を大規模に紹介する「遠くで汽笛を聞きながら」と、「伊能忠敬の歩いた諏訪」展。鉄道のは、地元の鉄道マニアの協力もあってか写真や現物がたくさん飾ってあったけど、懐古趣味鉄道趣味以上の何を見せたいのか焦点が定まってない。もったいない。伊能忠敬は全国のあらゆる郷土博物館にネタを提供している。どこで見ても説明内容はほぼ同じなんだけど、ご当地ネタは強いものだ。
Comlin
 諏訪地方の有力CATV局LCVは、インターネット・プロバイダでもある。そのショールームというか体験コーナー。LCV本社の斜向い。最近岡谷の市役所のそばにもできた。
 もし高校ンときに近所にこんな施設があったら、部活なんかやってる場合じゃなくて、授業終ったらソッコー友達と集まって、終了時刻までいたと思います。いやしかしホントになんでこういうスペースが可能なのか。東京にもこういうのたくさんできないかな(無理)。
 そもそもこのへんはCATVの普及率が極端に高くて、ほぼ必須のインフラストラクチャとして定着している。さらに定住率も高い(だろう)から、CATV回線による常時接続もかなり実用性高そう。ダイヤルアップでも使い放題2000円か。いいなー。
茅野どんばん
 茅野の市民祭。まつるもののないお祭り。意味がない代りに、バンドや太鼓や行列、屋台など、にぎやかなものは何でも揃っている。
 屋台にお面屋が出てたので新旧の人気キャラクターを眺めていると、なんと「たれぱんだ」の顔があった。さすが「商品化されてないのは飛行機と自動車ぐらい」(サンエックス談)な人気キャラクターだ。綿菓子の袋でも見た。しかしその隣には「ファービー」のお面、というか全身像。これも人気なのか。本当か。
 あと、C60のサッカーボールみたいな、プラスチックのメッシュの球状物体で、ふだんはウニみたいにちぢこまってるのを手で持ったり転がしたりするとぶわっと大きくなるおもちゃ、のパチモンが「マジックボール」という名前で千円位でたくさん売られてて、人気だった。本物に比べると直径が半分ぐらいなのかな。中国製。
 “本物のお祭り”の熱狂とは違って、みなさんのんびり夏祭り気分を楽しんでいるようでした。
8月8日(日)
茅野から
 帰りはしばらく自転車を使うことにして、正午に茅野を出て、国道20号を下る(上る)。富士見峠を越えたらガクッと下りになって、どんどん下って、まだまだ下って、自転車的にはすげえ快適でした(東京から行こうとかはしばらく思わないことにした)。天気がよくて日差しがきつくて、これでまただいぶ焼けた。
 竜王町の竜王立体交差に「信玄堤 1km」の標識。見る見る。しかし実際行ってみると、巨大土木工事だけあって、見ただけでは全貌も何もつかめないのだった。概要は知ってたんだけど、現地であらためて説明看板を読むと、何か説得力がある感じ(錯覚)。
 20号を離れて、甲府駅へ向かう「美術館通り」へ。岩波書店のマークの絵でおなじみの山梨県立美術館を見る。噂に違わぬすごい行列、なんかはかけらもなく(いつの話だ)、まあ閑散としていた。平日のようすはあんまり想像したくない。
 そんで甲府駅に着いたのが16時。新笹子トンネルとかあんまり通りたくなかったのでここで列車に乗ることにした。切符代は来たときの半分ぐらい。
 相模原で降りて自転車を組立ててると、なんか後輪の空気が抜けてる感じ。傷つけちゃったかな。とりあえずガソリンスタンドで空気を補給しつつ走って、20時帰宅。
 もう駅降りた時点から湿度がムチャクチャ高くて暑くて、汗がダラダラ。茅野の標高800メートル超というのがいかに避暑地として適した土地であるか思い知る。
 追記(8/13):空気の抜けたタイヤを調べたら、細くて鋭い金属が刺さってました。指ケガした。チューブにパッチを当てて修理。
8月15日(日)
諏訪湖の花火
 地域一番、日本屈指の花火大会。例年どこから集まるのか45万人とかいう、ほとんどよくわからない数の人が出るそうだ(この地域にはこんなに人は住んでない)。そして地元の高校生なんかにとってはこの日に何ごともなくてどうするという感じの気合の入るイベントで、まァ何ごとといっても“人込みの中ではぐれないように手をつなぐ”とからしいんだけど、とにかく大イベントである。Eちゃん家は夕方からお店休むことにして(商売始めて以来初めて)行くというのに連れてってもらうことに。切符も買ってもらっている。
 午後、茅野に着いたころにはけっこう雨が降ったり止んだりで、なんせ前日には大雨で中央本線が止ったぐらいだ。でも花火はやるらしい。
 今夜はEちゃん家のお店の二階に泊めてもらう予定。実はきのうはTsが山に登りに来て前泊してたらしくて、雨ザーザー降ってるのでどうしようか迷ってたのが「松永くん来るよ」と言ったら出かけちゃったわよ、顔合わせたくなかったんじゃないの、とEちゃんのママが言う。そういうもんかなあ。
 茅野から上諏訪までは一駅なんだけど、列車は目を疑うような混雑ぶり。朝夕の小田急線みたい。周囲の会話を聞いていると、混雑を形容する規準が人によって「山手線みたい」「常磐線みたい」「埼京線みたい」とバラバラである。ただし「中央線みたい」というのは、ここもしかし中央線なので不思議な形容になってしまう。
 そのうち雨はきれいに晴れて、開始一時間前の着席推奨時刻ギリギリに会場に着いて有料客席の広場に入ると、もうみんなシート広げて陣取っている。そしてみんなシートが濡れている。土砂降りだった時間から並んで待ってて、午後3時の開門と同時に場所取りしてたらしい。隙間を見つけて、なんとなく無理矢理に場所を確保した。ちょっと申し訳ない感じ。クレーンで吊ったスピーカーからは花火大会の沿革だの何だの諏訪市の宣伝が流れている。市の最大の行事なのだ。そのうち市長の点火で花火が始まる。前半は煙火店対抗の競技部門、十号玉(尺玉)五連発とスターマイン、それぞれ採点されてあとで表彰がある。後半は演出を凝らしたプログラム。最後のナイアガラまで入れて、全部で39セット(こういう数え方のが、むやみに何万発というより合理的だと思う)。
 いざ始まると、視野いっぱいに花火が広がった。打ち上げ音は一秒ぐらいのタイムラグ、ほとんど映画みたいにリアルタイムで聞こえる感じ。ものすごい音で、自衛隊の演習見てるみたいに体が震える。諏訪盆地で音が反響するのだという話もある。
 風があんまりないときは煙が流れず、雲のようにたまってくる。そのうち、その雲が真っ赤に光って、中から火が漏れ出てくるのが見えた。こういうの何かの映画で見たなと思ったら、何のことはない「ママ、花火!」だ。渋谷上空で最初にギャオスに命中したプラズマ火球だ。おお、君の言ってることは正しかったぞ。雲のなかの花火はプラズマ火球の炸裂にそっくりだぞ。
 花火はそれぞれスポンサーがついてるんだけど、最大の単独スポンサーはエプソン。最後の打ち上げプログラムを提供していた。そこで登場した水上に半球状に開く花火、湖面の見えるところからだと半分水中で光ってるように見えるはずだ。そして水面の花火に目が慣れたころ、いきなり高いところへ大きいのが上がって、うおーっという歓声。
 帰りの上諏訪の駅は大混雑。ホームに人がたまっているので入場制限をしている。押し合いへし合い、危険な感じ。しかし中に入ってみると、ホームにいるのに乗らない人が大勢いるのである。どうやらかなり遠くから来ているらしく、二三駅先へ行く列車は見送っているのだ。そのせいで駅の外とホームは大混雑なのに列車は比較的すいてて、この列車に乗りたい人はホームに入れない、というヘンテコリンな状況が現出していた。改善求む。
8月16日(月)
諏訪湖観光
 きょうは諏訪湖を自転車(持ってきてあった)でぐるっと一周して、そのまま帰るつもり。湖岸を走るだけなら一時間ぐらいの距離である。だがしかし。
 湖岸の道は柔らかい舗装のジョギング道なんかも整備されていて、とても快適。まず寄ったのはショップを見るだけで中は見なくていいと評判のSUWAガラスの里/ルネ・ラリック美術館。なるほど。
 岡谷の釜口水門(検索:インフォシークヤフー/gooフレッシュアイ)へ。伊那を流れて浜松の方へと注ぐ天竜川の河口である。いや河口とは言わないで何というのか、ここから天竜川が始まっている。水門からドドドと落ちたらもう諏訪湖の水でなく天竜川の水である。川の両岸はコンクリで固めてあったりせず、土の斜面に草とか勝手に生えていた。
 いまの水門は昭和63年にできたやつで、初代の昭和11年にできたやつは平成4年に取り壊されている。管理棟に水の資料室というのがあって、治水とか水質浄化についてとかパネルがいろいろ展示してあった。
 岡谷市街、いかにも昔栄えた町という感じ。消防署とか古い雰囲気ある建物だったりするんだけど、でもじゃあだからといって中心市街地は古い町並みを保存していきましょうとかいう方針があるわけでもなく、どうもパッとしない。“何か”が居座っている感じ。
 諏訪湖畔の間歇泉(そういうものがあるのである)。一時間おきにぶしゅーっと高く温泉が噴き上がる。どうせ暖かい水が噴水みたいに上がるだけだからと思って通り過ぎようとしたらタイミングばっちり、暖かい水が噴水みたいに上がった。意外に高い。自然現象と思えばすごく面白いけど、視覚効果としてはべつになんということもない。釜口水門のとこの噴水と同じだ。
 石彫公園。きのう花火を見た場所。広いと思ったけど、実はそうでもなかった。打ち上げ足場の組んである初島とも驚くほど近い。
 そしてこのころにはもう帰る気はなくなっていて、また泊めてもらうことにした。ああ。
 片倉館という立派な銭湯(検索:インフォシークフレッシュアイヤフー/goo)でダラダラしたら夕方で、そこから諏訪湖をこんどは反時計回りにまた岡谷まで行って釜口水門で花火を見た。なかなか盛り上がってるけど、花火が比較的しょぼく見えるのはしょうがない。灯籠流しをやっていて、ときどき水門から落ちて天竜川に流れてるのがあったけど、エコ素材なのかは疑問。
 茅野へ戻って、三駒の駅前店で少し食べてからEちゃん家へ。したらお店は強烈に盛り上がっていて、きょうは隣の公民館で地区の盆踊りがあってそのまま若い衆が流れてきていたのである。
 やたらにうまいそばを食べたあと、Eちゃんと上諏訪の方へ。Mhちゃん(Mちゃんの日大友達)を拾う。目的のお店は閉まってたんだけど、三人で函館の夜景に遠く及ばない諏訪湖の夜景を見た。
8月17日(火)
カナディアンファーム
 朝、Eちゃんの車で行ったのが、Mちゃんが働いてる、原村にあるレストラン(ガイドブックなんかによく紹介されてるらしい)。中心人物のハセヤンが廃材を使って建てたワイルドな建物で、天井からは薫製なんかたくさんぶら下がってたりする。農場併設で、野菜なんかは自前の畑で作っている。なんというか、共同生活の場でもあるらしくて、いろんな人が集まってて、何やらごちゃごちゃした活気がある。いい感じ。ただしメニューには恐ろしい値段が書いてあるので、純然たるお客としては近寄りにくい。
 窯焼きのパンとハーブティーなんかで朝食。うまかった。
茅野から
 きょうは家までずっと自転車で帰っちゃうつもり。いったいどれくらい距離があるのかというと、鉄道の営業キロだと、茅野から八王子経由町田まで167.5km。国道20号に設置されている表示だと、東京まで195kmとあるので、まあそれよりは近いはずだ。仮に170kmとしても、時速170kmなら1時間の距離である。大したことない。
 そして全体では800mぐらい下るはずだけど、問題は新笹子トンネルがどれくらいの高さにあるかだ(でもどんな高さだろうが行くとなったら行くので、そのへん実はどうでもよかったりはする)。
 11時過ぎに茅野を出る。よく晴れてて、自転車には厳しい天気。意識的にクールダウンと水分補給を図らないと危険。20号は先週よりだいぶ交通量が多い。平日だし、盆明けでいつもより荷が多いのかもしれない。2時間走って韮崎市に入ったあたりで食事、円野町上円井(まるのまちかみつぶらい)のなかよし食堂で「すり鉢ラーメン」700円。甲府には3時間ちょいで着いた。先週より1時間は早い。
 しかしここからトンネルまでが大変で、ちょっと疲れてきたのと、立ちはだかる山に向けてけっこうな上り坂になってくるのとでペースはガタ落ち、新笹子トンネルの入口にある道の駅「甲斐大和」に到着したときには走りはじめて5時間半経っていた。だいぶ疲れてます。
 休んでたら、これから青梅と春日部の市場へ桃と葡萄を運ぶんだというトラックのおじさんに声をかけられて、ジュースをごちそうになった。荷が空のときなんか、疲れて走れなくなった自転車の人を乗せたげることもあるそうだ。トンネル内の勾配のゆるいことを聞いて安心する。
 トンネルは直前箇所の道路工事のため片側交互通行。歩道とかないので、車が少ないのは助かる。おじさんに排気ガスには注意しろと言われたので、口にタオルを巻いてちょっとゲバ学生風スタイルでトンネルに入る。ひどい空気、深呼吸したら死ぬかも。これが3kmもある。状況的には最悪というか、いやでいやで、出口はなかなか見えないし、大きい車はすぐ脇を猛スピードで走り抜けるし、もう何も考えずに走った。真ん中からは下りでスピードも出るようになって、ずーっと遠くに出口も見えた。
 それでトンネルを出たら、これがもう、断然下り。圧倒的に下り。ペダルも回さずブレーキも握らず10分以上走った。坂のしんどかったのとか、トンネルのヤだったのとかはまったくどうでもよくなって、ムチャクチャ気持ちよかった。今日こっから先、まだ坂とかあってもどうでもいいやとも思った。自転車乗っててよかったと思った。うー、気持ちいいよー! 最高! ザマミロ! どうでもいい! という感じでした。
 実際まだこのあと上野原で坂を登ったり(ホントに“上野原”だった)、いろいろあったけど、どうでもいい。相模湖から412号に入って橋本へ出て16号から帰った。
 家に着いたのが21時。シャワー浴びてそうめん食べて寝ました。
 道路地図で確認したところによると、走行距離は160kmぐらいだったらしい。記録更新。
8月22日(日)
Tの引っ越しの荷造り
 Tが鶴川から西荻へ引っ越すのでその手伝い。明日荷物を移動させるというのできょうは荷造りである。とにかく本とCDが大量にあるのを、コンビニでもらってきた段ボール箱にどんどん詰める。たまにマンガ読んだり。CDを入れるのには500mlの缶飲料の箱が具合のいいことを発見。
 Mkちゃん(初対面)とKさんとが夜遅くまで手伝っていた。
 Tにミニコンポをもらった。いくつか故障が重なってて、もう修理せず買い替えるというので“保護”したのはソニーのリバティV950、1989年製。黒くて、四角くて、ボタンが死ぬほどついてて、気が遠くなるほど多機能な、もう二度と作られることのないだろう類の機械。プリアンプはデジタル・プロセスで、DATやBSの光デジタル端子はあるけど、しかしビデオはS端子がない。そんな時代。
 うちに死蔵してた同系統デザインの8ミリビデオEV−S800を接続していじりたおすつもり。これはビデオでありながら120分カセットに最大24時間分の録音が可能な、非常識な機械である(テープを6トラックに分割して使う)。当然こっちも電源プラグには「SONY」の刻印。
 運ぶのにレンタカー借りようかと思ったけど考えたらタクシーのが安い距離なのでそうした。部屋に置いてみたらスピーカーも巨大で、室内が少し黒くなった感じ。
8月23日(月)
Tの引っ越しの手伝い
 午後から作業。Oさんが手伝いに来ていた。荷物を積んだトラックが出たら我々は電車で移動。
 西荻の部屋は3階。トラックから玄関まで運送屋さんが運んでくる荷物を、Oさんと3人で室内に適当に整頓して置いていく。運送屋さんは汗ダラダラ、ツナギが汗で全身濡れちゃってた。本とかレコードってホントに重いなあしかし。
 運送屋さんが帰ったあと夕方にKさんが来て、4人で一圓ラーメン。その後も開梱作業は続くのだが、眠くて少し寝てしまった。手伝いに来たはずなんだけど。
 Kさんは泊りこみで、本なんかパラパラ読みながら作業を続けたらしい。
8月26日(木)
「マカロニほうれん荘」(山口貴由、『週刊少年チャンピオン』40号)
 感動で手が震えてしまった。創刊30周年企画の一環。カバーものの漫画としてはそう画期的に面白いわけじゃない気もするけど、これは凄い。あー、この感じは島本和彦の「仮面ライダーBLACK」以来かも。あれも創刊30周年企画だったっけ。違ったかな。
 刺々しさを底流にもつマカロニのエッセンスと山口貴由の独特の強いユーモアとが、違和感を発しつつもみごとに融合した。もともとのマカロニのリズム感が再現されてるとは言えないけど、コマの密度、各時期の絵柄やギャグ・パターンの混在からは「全巻熟読!」の意気込みとオリジナルに対する激しい敬意が伝わってくる。作者のエネルギーを十分に感じとれる。ああ何度も何度も読み返してしまう。一コマごとに、線の一本づつを凝視してしまう。
 ともかく自分にとってのアンゴルモアはこれで完璧終了した感じ。さようなら恐怖の大王、ありがとう山口貴由、ありがとう少年チャンピオン。おー、おっほおっほ。
8月28日(土)
『マトリックス』(パンテオン、21:40〜)
 先々行オールナイト、だったんだけど、一回見て帰ってきちゃった。つまんなかった、わけではないが、予告篇で期待しすぎたか。メイキングのほうが面白いかも。
 だいぶ行列ができたけど、開場一時間前に並べばじゅうぶん前だった。結局一階席がほぼ埋まったのかな。すぐ前の席にはコスプレの人たちがいて、M16持ち込んでた。
 上映後「難しい」「わかんねーよ」と言ってた人多数。どこが。
8月29日(日)
NINTENDOスペースワールド’99(幕張メッセ)
 Dと二人。京葉線は親子連れ多数。だいたい重装備なのはディズニーランド、軽装は幕張行きと見た。持ってるキャラクターグッズの傾向でも判断できそうだけど、ミッキーとピカチュウ両方くっついてる家族もいたりして。
 お昼に着いて、特に行列もなしに入場。すごい人だ。一社でこれなんだから、ゲームショウ参加しないのも納得。ゲーム体験コーナーには一台に一人インストラクターがついてたり、疲れきった保護者が座り込んだり待合せに使えるスペースも広く用意されていて、なかなか行き届いている感じ。子どもが多いのはわかりきってるからなあ。
 メインステージではポケモンリーグ決勝、スマブラ大会、ポケモンの着ぐるみショーなどのイベント。それとは独立にドンキーコングのステージがあって、「DK64ヒップホップ・ジャングル」というラップ&DJ&ダンスのショーをやっていた。出来のいい着ぐるみも登場。
 ポケモン金・銀のブースが巨大なのはわかるけど、スマブラがこんな人気とは知らなかった。対戦まで一時間半待ちの行列。決勝戦はものすごいレベルで闘われていた。
 いよいよ本当に発売になる64DD。いちばん力が入ってた『巨人のドシン1』は飯田和敏自らによるデモ。基本はポピュラスふう。面白そう。そのほかのラインナップには、なぜDDなのかよくわからないものもいくつかあった。もしかしてメディアが安いのか。ランドネットのサービスの詳細は9月中旬のゲーム雑誌を待てとのこと。
 洋ゲーのコーナーは独特の雰囲気。面白そうなのもいくつかあったけど、やっぱりどっか荒っぽい感じがする。
 帰りにCDをくれた。以前「Wゲットだぜキャンペーン」で配ってたCD『うたうポケモン図鑑』。「作詞・田尻智」って、ポケモン図鑑そのままやん。曲はもう好き放題で、笑っちゃう。
ポケモンセンタートウキョー
 東京で降りてポケモンセンターへ。道がわからなかったので八重洲地下街のロッテリア(ポケモンキャンペーン中)で訊いたら教えてくれた。
 ポケモンセンターは、店の前に足形プレートなんかあったりして。店内は言うまでもなくぜんぶポケモン。原寸大ポケモンもいたりして。なんか気分が高揚してしまう。ディズニー好きがディズニーランド行くと、こういう気分になるのかなあ。ポケモンそんなに好きってわけじゃないのになあ。
 AOLのCD−ROMを配っていた。AOLのコンテンツとして「ポケセンオンライン」が開設されたらしい。CDがそのままモンスターボールのデザインになってて感激。「ごちゅうい! このCD−ROMはパソコンでしかあそべません」という注意書きが泣かせる。
 新ポケモン「キンチョウ」発見。ポケモン蚊取り(ブタの蚊取りみたいな)の消耗品として売られていた蚊取り線香のパッケージにイラストがあった。
 帰ろうとしたら豪雨(港区のどっかでは1時間に114ミリを観測したらしい)。東京駅はコンコースの至る所でザーザー雨漏り、こんなにボロかったのか。よく漏電しないな。ホームから見る空はひっきりなしに雷で空が光り、もはや光ってる時間の方が長いくらいだ。中央線は15km/hの徐行運転。でも家帰った頃にはすっかり上がった。
松永洋介 ysk@ceres.dti.ne.jp