リザルトカレンダー:3月

3月の経過
  1
デジタルミュージアム2000・縄文の記憶
2 3 4
『シン・レッド・ライン』『ダークシティ』『ブギーナイツ』
5
『ウェルカム・トゥ・サラエボ』『アベンジャーズ』『M/OTHER』『迷い猫』『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー スーシン[吹替版]』
6
『天地無用! 真夏のイヴ』『天地無用! in LOVE2〜遥かなる想い』
7
全国学生交流会
8
『追憶』『ぼくのバラ色の人生』
9
「トイ・ストーリーができるまで[吹替版]」
10
映画『遠い空の向こうに』法政大学
11
12
『ウルトラマンティガ・ウルトラマンダイナ&ウルトラマンガイア 超時空の大決戦』あかり展『マスク・オブ・ゾロ』
13
『テルマ&ルイーズ』『ディック・トレイシー』
14
『プレイス・イン・ザ・ハート』『ドライビングMISSデイジー』
15 16 17
『ゴッドandモンスター』
18
大学
19
『シン・レッド・ライン』
20
お茶の水女子大学理学部一般公開
21
『真昼の決闘』『ピアノ・レッスン』
22 23
『アンタッチャブル』『ザ・パーソナルズ 黄昏のロマンス』
24
「MTV VIDEO MUSIC AWARDS 1999」
25
東京エアロスペース2000
26
文化遺産としてのモダニズム建築展『パーフェクト・カップル』
27
「第72回アカデミー賞授賞式」映画『スリーピー・ホロウ』
28 29
『マクロス7 銀河がオレを呼んでいる!』、鶴見川源泉
30
映画『トイ・ストーリー2[吹替版]』
31
『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲[完全版]』『新・刑事コロンボ 奇妙な助っ人[吹替版]』
 

3月の感想

3月1日(水)
デジタルミュージアム2000・縄文の記憶東京大学総合研究博物館
 きょう開幕。家を出たのは朝なんだけど、たまたまTから電話がかかってきて午後いっしょに行くことになったので、新宿ルミネ2のABCで時間をつぶす。藤森照信『建築探偵の冒険』吉永みち子『性同一性障害』『Webサイトユーザビリティ入門』『室内』3月号をうっかり購入。山田芳裕『大正野郎』は売切れだった。
 さて総合研究博物館。初日とはいえ平日の午後だからか、あんまり人がいない。
 なんかまだ調整中っぽい感じがあっちこっちでちらほらと。肝腎のデジタル展示のインタフェースも練れてない感じが強かった。ウェブ上の資料をキオスク端末で見せるのに、最初の画面からいきなりスクロールが必要だ(つぎの画面へ進むボタンが画面からはみ出してる)というのはマズいのでは。検索の画面を呼び出しても文字が入力できないとか。
 MMMUD(マルチメディア・マルチユーザー・ダンジョン)もタッチパネルだとたいへん操作しにくい。画質も以前のままだし。ただ、これがたとえば家庭のテレビでプレステ2で使えます、とかだったら説得力あるかもしれない。そういう演出してくれないかな。
 図録はかなり力が入ってるみたい。あらかじめウェブでだいたい見ておいて、会場で現物をしっかり見て、あとで図録をじっくる見るのがベストかも。
3月4日(土)
『ダークシティ』(WOWOW)
 あっ、こんなに面白いとはぜんぜん思ってなかった。
 予告とかでは、映像がけっこうチャチぎみなのでフーンと思ってたけど、結果としては、作品の弱点にはなってなかった。ウルトラQとかウルトラセブンとか、トワイライト・ゾーンとか、ビューティフル・ドリーマーとかその他アニメとか、そういうツボ。
 個々の要素には新しいものはあんまりないけど、たくさんのアイディアとイメージがバランスよく噛み合っていて、作品としては新鮮な印象。『マトリックス』より好きかも。しかしこれ、タイトルで損してないかな。
3月7日(火)
全国学生交流会(東大駒場・キャンパスプラザ)
 DとKdさんと。なんか、大学でノンセクト系の運動をやってる人たちの交流会ということらしい。だから、本来ならもっと若い人と(若い人が)行くのがいいんだろうけど、レジュメ書いて持ってって大学の状況について説明できる人となると、なかなかムツカシーのだった。(Dは和光の現況についてA4で7枚書いた。)
 朝10時から、最初は各大学の報告。北は山形から南は北九州まで、十数大学。大部のレジュメや資料もあれば、口頭発表だけのところも、来られなくてレジュメだけのところもあった。
 寮(とくに国立の)は全国的に困ってるみたい。大学当局がなぜか募集を停止しちゃって、寮のほうで自主募集にふみきったりしている(裁判大詰めの駒場寮は、キャンパスの門のところに、当局による“駒場寮なんつーのは非存在ですんで夜露死苦。入ったらヤバいかもよ!?”という意味の張り紙がある)。
 法政の貧乏くささを守る会の報告に典型的なのは、当局がキャンパスをきれいにしたい気分でビラとか制限したり、学生のゆかいな目立つ活動を制限したい気分の動き。
 そのほか、各大学いろいろ問題あったりなかったり。大学によっては抱えている問題の脈絡がぜんぜん違うので、ぱっと聞いただけでは問題の程度がよく把握できなかったりする。
 いくつかのレジュメに、気になる署名があった。「文責:○○大学有志」って、そんなの文責っていうのか。
 午後はゲストの岩崎稔さん@外語大、鵜飼哲(さとし)さん@一橋のお話と質疑応答など。
 いま、すごーく大きな流れとして、グローバリゼーションとかネオ・リベラリズム――手当りしだいの資本化と、領域限定的なルールに乗るものと乗らないものをはっきり区別して、のっかってこないものはすっぱり排除する、という動き――があって、その流れと大学のありかたについて、とか。運動をやっていくにあたって、“運動の季節の人ではあるけど、それを思い出にしてるだけの、運動の人じゃない人”というのがすごくじゃまだとか、いろんな話。
 国立大学の独立行政法人化(独法化)というのは、あんまり関係ない感じがしてたけど、現状の案がダサダサであるらしいことだけはわかった。国から切り離すことそのものは悪くないような気がするけど、学長の任免を文部省が握ったら、独立する意味ないんじゃないかなあ。今後ちょっと注意して見てみよう。
 5時すぎからは「方針討論」。あんまり発見はなかったかも。
 今回、各大学の状況なんかを見るにつけて、なんだか和光がすばらしい大学に思えてしまった。方針討論で議題になってた「表現の自由」も制限されてないし、サークルに対するむやみな干渉もない。日の丸を揚げる揚げないで当局ともめるなんてありえない。教員と学生の距離は極端に近い。学費は高い(これはよくない)。でも入学年度ごとに在学中は固定なので、学生の側からは値上げ反対闘争は代理闘争にしかならない(ますますまずい)。大学祭でもめてたのは、問題というか問題というか、なんか、よそにくらべたらナニな話だな、と思った。
 和光では、当局からサークルにお金は出ない。サークル活動とかは大学のやることじゃなくて学生のやることだから、という話になっている(「ノーサポート・ノーコントロール」)。ただし部室なんかはあって、24時間自由に使える。
 サークル(あるいはその集合体)に当局からのヒモつきの金が降ってこないのは、幸福なのではないかと思う。そりゃー「お金」はあったほうが便利だけど、「予算」となると、どうだかわからない。和光では、サークルにお金が出ないことで、自己の貧乏を獲得(発見)するとともに、ある種の貧しさ、さもしさを決定的に回避できているように思う。錯覚かしら。美化しすぎ?
 大学からサークル活動資金をもらうとなると、あー、なんだ、まず各団体について公認と非公認という区別をつくらないといけないのかな、そこからして大変だ。むやみな権力関係を発生させない判断規準や公認手順の構築は、非常な困難をともなうだろう。(むやみな権力関係が成立しているなら、それを粉砕するのはおおごとだろう。)サークルの活動として、継続的公認獲得が目的化してしまう部分もあるだろう。ほかにいろいろわずらわしいことも多いだろう。お金なら大学当局以外からでも調達可能だけど、それよりもずっと交換不可能性の高い、部室だのなんだのにヒモがついているとさらに面倒だろう。
 もらうのにあやしげな条件がついてたり、それを盾にいやらしい取引をもちかけられちゃうんだったら、そんな「援助」なんか蹴ればいいじゃん、と思う(デメリットの排除に労力がかかりすぎる)けど、なかなかそうはいかないよね。
 和光でも、大学祭についてはお金が出ている。全学的なイベントの経費であって、参加団体への補助ではないからね、ということになっているけど、それにしては適用対象が変なんだよなー。機材のレンタルの制限がきつかったり。まあこのへんは、つぎの学祭をやる人(出てくるかしら)に考えてほしいところだ。
 ところで和光には学生研究助成というのがあって、適当な教員を通して「こういう研究をします」と申請すれば研究補助金が出る(僕も申請したことがある)。主体は個人でも団体でもかまわない。研究成果は、年度末の発表会で報告する。学生に現金を援助するなら、サークル活動より、こういう研究のがいいと思う。サークル活動に類するものと、研究活動に類するものとを比較して、どっちが社会的な場として得がたいかとか考えると、今や大学のサークルってどうなんだろう、とか思ったりもする。
 表現の自由というところでいくと、ビラに対する当局の見解は“ガラス戸にびっしり張ると見通しが悪くなって、開閉時に危険なので控えてくれ”とか“ガムテープ等を使用すると建物の表面が傷むので、支給のマスキングテープ(粘着力の弱い紙テープ)を使ってくれ”とかかなあ。掃除の業者の人がはがしちゃうというのはあるけど、ビラの内容とは関係ないし、一枚残らずなくなるわけでもない。学生用の大きな掲示板もある。じつに平和だ。
 でも、そういった自由や平和というものがどれくらい得がたいものなのか、学内を歩いているだけでは見えない。ぜんぜん見えない。そのへん“和光大生は、他大学の人が将来直面すべき問題に、いま出会っているのではないか”という疑問があって、かちとるべき目標状態をかちとってしまったあとの、ゆるくてぬるい、自由の価値や危機の影が見えない、なんか力が入らない、ポスト闘争の問題についてDが鵜飼さんに質問をした。すると、やっぱりそれはどこでもありうる問題で、漠然とした答えとしては、弾圧とか介入とか(ひっくるめて「攻撃」ということばで語られるっぽい)に対する反動としてではなく、オリジナルな価値としてなにかをつくったり主張していくというのがだいじだ、ということだった(もちろん意訳)。そうね。楽しむネタは自分で発見したり供給したりしないとなあ。
 いろいろ勉強になったり、納得したり、発見のあった会だった。それと、びっくりしたことが2点。
 朝、開始前に、机の上に何十種類ものレジュメが順番どおりに並べられたので、1枚づつ取って、大きなホチキスがあったけど、とめると不便そうだからとめないで、席に戻って読んでいた。ふと気付くと、和光の3人以外はいつまでたっても席につかない。1周したらまた一からレジュメを取って、流れ作業でホチキス留めのレジュメ集の山を築いているのだった。作業の呼びかけとかはされていない。でも、3人を除く全員が、当然そうするものだとでもいうように作業に参加していた。なんか一瞬非現実的というか、我々にだけ見えないルールが公然とあるかのようで、ちょっと不安になった。
 しかも、その列は滞っている。人が多すぎ。いくら集めたって、ホチキスは2台しかないんだから、そんなに早くは片付かない。たぶん3分の1以下の人数でできる作業に、全員参加していた。へんなの。というわけで、むやみに渋滞に参加して列が進むのをぼーっと待ってるよりは、自分の席でレジュメを読み込んでいるほうがまじめな態度だ、と自己正当化を行い、やっぱり列には加わらなかった。
 それから、会の最後のプログラムの方針討論が終って、あとは片付けがすんだら駒場寮で飲み会だ、というとき、いきなり司会のひとが「ではシュプレヒコールを」と言い出して、えっ、と思った。方針討論が終わったったって、大学の運動の問題はとりあえずは各大学の問題であって、シュプレヒコールでなに言うの、とか思っていたら、やっぱり和光の3人をのぞく全員が、あたかも当然そうするものであるかのように立ちあがったのだった。これには驚いた。あまりのことに、みんながシュプレヒコールでなに言ってたのかは忘れちゃったけど、何分か続いているあいだ、やっぱり我々は座っていたのだった。浮いているというか沈んでいるというか。「運動」って……。
 というわけで夜までいろいろ続いて、その後は駒場寮のコンパルームで飲み会。とはいうものの、シュプレヒコールでだいぶ萎えていた。法政の人と外に出てラーメン食ってから、ちょっとのぞくつもりで戻って、乾杯して、話しはじめたら、そのまま11時すぎまで楽しく過ごしました。おもしろかった。みなさん、ありがとうございました。
追記(3/16):ちょっと修正しました。
3月10日(金)
『遠い空の向こうに』(日比谷・シャンテシネ1、14:30〜)
 ほぽ満員。
 原作が「Rocket Boys」で映画の原題は「October Sky」(原作タイトルの綴り変えでもある)、それがなんで邦題は「遠い空の向こうに」かと思ってたけど、内容的にはそんな感じでぴったりでした。ごく普通の、とてもよくできた、青春感動実話。
 実話である旨が映画の最初と最後に念押しされる。しかし実話と思えないほどよくできた話ではある。予備知識なしに見ても泣かざるあたはずな感じのエピソード満載ですが、事前に自分でロケットを打ち上げておけば、さらにグッとくると思います。
 僕は、大学入った年の夏に、前年に解禁されたモデル・ロケットが町田の東急ハンズのホビー売場(当時B1)にあったのを買って帰省して、高校の部室でつくって、顧問の先生に学校のマイクロバス出してもらって、部の友達も現役部員もいっしょに坂出の瀬戸大橋のたもとの埋立地へ行って打ち上げた。(そのとき、トリガーとかのない原始的なペットボトル・ロケットも試した。)製作過程からビデオ撮って、編集して、友達とかにはX68000+Do^GAで3DCGのイメージ映像つくってもらって、部の機関誌の別冊なるものも勝手につくって、9月の文化祭で展示した(いま考えるとメチャクチャな気もするけど、まあいいや)。それ以後はごぶさたしてる。
 モデル・ロケットというのはもともとアメリカで開発された科学教材で、そのときつくったのは直径3cm長さ60cm程度の紙製のもの。プラスチック製のキャップとバルサの尾翼を備える。推進ユニット(エンジン)の火薬に電気着火すると一瞬のうちに100m以上も上昇して、上空で火薬が燃えつきると燃焼ガスが本体内に逆流し、その圧力でパラシュートを開いて落ちてくる。
 しかし、この程度の安全・簡単なキット製品であっても、とにかく広い土地がないと話にならない(河原や野球場でも狭い)。いまペットボトル・ロケットはすっかりホビーとして定着してて、それはそれでいいけど、ロケットに興味のあるお子たちにはぜひモデル・ロケットのスピードと緊張感も味わってほしい。やっぱり違うんだよなあ。こう、シュパッ! っていう音からしてまるで違う。あー、やりてー。その場所はどこに。
 ところで映画は終盤の何箇所かで左チャンネルの音が断続的に落ちていた。上映後に劇場の人に言ったら営業の人というのがやってきて、ちゃんと話を聞いてくれたので、もう直ってることとは思いますが、やっぱりちょっと残念だった。
追記(3/17):あー、ロケットで遊ぶ「場所」じゃなくて「場」がないんじゃないかというのは、一般的な問題としてはそうなんですが、でもやっぱり自分の問題としては場所の問題です。場はつくれるかもしれないけど場所はつくれない。
 町田のおくぬしのホビーショップで訊いたら、もう扱ってない(取引の問屋が扱ってない)とのこと。
 モデル・ロケットはペットボトル・ロケットとは根本的に速度と距離が違っているので、より広範な科学分野と実感的につきあうきっかけになると思います(空力とか摩擦とか気象とかが強く関係してくる)。『アマチュア・ロケッティアのための手作りロケット完全マニュアル』(久下洋一著、誠文堂新光社)という本が刊行されましたが、参考どころじゃないテッテ的な内容。じわじわ読むつもりです。
3月12日(日)
あかり展(新宿・パークタワーホール)
 TとOMちゃんと。Tは待合せ時刻に起きたとのことで、1時間遅れてきた。
 展示内容は、あかりの歴史、デザインやプロダクトとしてのあかり、建築とあかり、あかりの文化、といったところ。
 相変らず現物重視でたのもしい。ただし、昔のあかりについては、松明行灯灯台提灯その他の直火のものはもちろん、ガス灯もアーク灯も実演はなし。写真とビデオでしか点灯したようすは見られなかった。
 しかしビデオは、関根さんが昔の発火法をやってみせてたのはおもしろいと思うけど、あかりについては、明るさと色と熱とにおいが伝わらないんだから、ほとんど無駄じゃないのかな。時間限定でもいいから点灯実演がほしかった。前に上野の科博近代化遺産の展覧会で見たアーク灯にはものすごい説得力があった。
 あと、昔のあかりについて重要なのは火のメインテナンスだと思うんだけど、展示ではほとんど言及がない。どれくらいの頻度で燃料を足さないといけないかとか、松明1本蝋燭1本でどれくらいの時間使えるかとかは、当時の人の生活スタイルや行動範囲に直接関係してくる問題のはずだ(現代では電池の問題だな)。いくら道具のかたちをながめても、こればっかりはためしてみないとわからない。展示することのできない情報であるとも言える。あらかじめ調べて、道具ごとに説明がほしかったなー。
 全体としては、ボリューム的にちょっと食いたりない感じもしたけど、あっそうかと思う内容もいくつかあったし、よい展覧会だと思いました。カタログ購入。(毎年思うんだけど、『靴脱ぎ』のカタログ増刷してくんないかなー。)
3月20日(月)
お茶の水女子大学理学部一般公開「お茶の水博士の体験授業」
 科学MLで情報が流れてきてたので行ってみた。去年あたりまで、お茶大の理学部がこういう学科構成のところだとは知りませんでした。
 いちばん話を聞いたのは情報科学科で、藤代研究室の「CGおよびビジュアリゼーションのデモ」と増永研究室の「マルチメディアデータベース」。
 ビジュアリゼーションでは、マップ上の流体の動きの効果的な表示法とか、立体画像の情報量を保持したままデータ量(ポリゴン数)を削って描画速度を上げる研究とか。ポリゴンを削るのは、最終的には情報としての価値判断が問題なので、ある時点から先は手で調整しないといけないみたい。
 マルチメディア・データベースは、移動体の軌跡をリアルタイムにデータベース化する研究と、データベースのインタフェースとしてのVRが公開されていた。
 移動体のほうは、車にGPSとケータイを積んで、IPアドレスを与えておいて、データをサーバーに刻々送る。検索式をいろいろ指定してやると、2つの移動体がすれ違った時間と場所、速度なんてのが出てきたりする。航空管制とか船舶管制では、こういうかたちのデータベース化はしてないのかな。レーダーのログというのはどいう形式なんだろう?
 VRのほうは、データグローブとHMD、それから音声認識を併用して、指さしのジェスチャーとかでもって仮想空間内のブツを同定したりするような方向。3Dデータベースへの非言語的なアクセス手段ということなので、すぐに東大のデジタルミュージアム(のMMMUD)を連想したけど、とりあえずぜんぜん関係ないらしい。
 データグローブというものは、自分の手と画面中の“手に似たもの”との一体感が特長だけど、その連関を強くすればするほど、どのように視点移動(歩行)をおこなうかが問題になってくるのではないか。手と手’が対応したマスター/スレーブ式の操作に、抽象的な移動操作(たとえば“指した方向へ移動”とか)が混在するのはしっくりこない気がする。『パトレイバー2』のオープニングに出てきたコクピットはデータグローブ(というよりフィードバックつきの多系統マニピュレータか)を使ってたけど、移動は足でやっていた。
 どうせ現実世界ほど自由な行動ができないのなら、手’の操作だけを手とシンクロさせるより、ゲームに倣って、手’の操作はボタンでコマンド発行、移動はスティック倒した方向、とかのほうがいいように思う。(64のゼルダでは、シチュエーションによって「アクションボタン」の機能が動的に変化し、そのとき可能な操作は画面上の「アクションボタンアイコン」でつねに示されている。操作対象によってはボタンの機能をユーザーがシフトさせることもできる。)いや手は手でいいけど、広大な机での書類仕事とか、映像編集のコントローラー(10年前のTRONSHOWでデモしてたみたいな)とか、フィードバックのいらない、椅子から立たなくていい用途に絞ったほうがいい気がする。
 総合研究博物館で展示されてるMMMUDの操作は基本的にタッチパネル。これはけっこう苦しい。スーファミのコントローラでいいから、手もとで操作できるようにならないかなあ。(とか思ってて、よく考えてみましたら、総合研究博物館では収蔵品の電子化・データベース化からインタフェースから何からぜんぶやったうえで、年に一度の一般公開日に研究室にあげてもらってお話を、とかでなく、一般の公開物として成果を出しているのであって、それはたぶんものすごく大変なことだ。でもやっぱりいまのMMMUDは操作しにくい。)
 それにしてもVRって、だーいぶ前に松下電工のショールームが話題になったころから、CAVEとかが出た以外にはあんまり進歩してないように見える。3DのHMDもちっとも普及しないから、いつまでたっても3Dゲームが3Dでプレイできない。プレステ2の標準デバイスとかになってればよかったのに。そしたら空戦ゲームでもレースゲームでもアクションゲームでも、プレステ2の性能をあっという間に使いきることができたはずだ。
 ほかでもいくつか話が聞けたけど、ぜんぶは回りきれなかった。午前中から行けばよかった。昼食は生協の食堂で食べた。
 2時からは講演会。
 藤原正彦「発見はいかになされるか」は、ガウスとかポアンカレとか岡潔とか湯川秀樹とかいった人がいろんなことを思いついた瞬間のエピソードからはじまって、ものがわかるわかりかた、ものをわかりたいと思う精神、好奇心についての話。
 今野美智子「生命の前は核酸か蛋白質か」は、ビッグバンからはじまって、生命が誕生するまでを時系列で追ったあと、ここがこうきてこうなっているところまではわかってるんだけど、これからここをわかりたいんだ、という話。
 石和貞男「21世紀――避けては通れない遺伝子・DNAとヒトゲノムの理解」は、遺伝子解析というものがどのへんからやってきて、どのへんまでせまっていて、それはいったいどういうことなのか、という話。たぶんいつもの講義スタイルに近いんだと思うけど、とりあえず要点を示してから進むスタイルなので楽だった。自分で調べる手がかりもけっこうばらまかれていた。
 今回のイベントは、手づくりっぽい、生な感じの、研究指向の、中高生が見て大学の理学部ってこんな感じかな、と思えるであろうっぽいものだった。大学は、廊下の隅にジャンクが転がってたりしてリアリティあった(そういう問題か)。帰りに「ボロいねー」とか言ってた人がいたけど、まあそれはそれとして(講演の会場になんか間違って冷房がかかったりしてたのだ)。これは見にきてよかったかも。
3月25日(土)
東京エアロスペース2000(東京ビッグサイト西展示棟)
 じつにさまざまな航空宇宙技術の要素とパッケージが集まった展示会。ほとんど下調べせずに来ちゃった。
 前日まではトレード・デー、きょうは一般公開で、子ども連れもけっこう来てる。東京駅からバス。
 運輸省の電子航法研究所のブースがあったので、そこの人に、こないだお茶大でマルチメディア・データベースの研究を見て疑問に思った、レーダーのログについて訊いてみた。サクッと返ってきた答えによると、ログは、レーダー画面のビデオとかでなくて、ちゃんとコンピュータのデータとして保存されている(たとえば特定の便を指定すれば、そのときの状況が再現できる)。データはレーダーによる地上からの実測であって、その機のINSやGPSの自己申告ではない(GPSは日本の空では補助的な使用しか認められていない)。空港のレーダーのログだったらその空港が、それ以外のレーダーではそれぞれ担当の管制センターが保存する(2箇月の保存が義務づけられている)、とのこと。なるほど。そうすると、お茶大での研究の新しい点はどのへんになるんだろうか。小規模な機器でインターネット経由でデータ収集してるところかなあ。それとも検索式の設計かな。
 国立天文台の人にはすばる望遠鏡の開発の話が聞けておもしろかった。
 軍事関係の展示も多かった。ボーイングのブース、模型の半分は民間機、半分は軍用機。開発中の、写真ではわかりにくいフォルムの戦闘機の模型もあった。その近くにはなんか海軍のTBMDのミサイルの原寸大模型とか(トレード・デーにはどういう相手と話をしたんだろう?)、レイセオン社のブースにはファランクスの模型が展示してあったり。飛ばすのも技術、落とすのも技術。
 普天間基地の移設先に配備される予定のオスプレイの民間版の実機が展示してあって、しかし横のモニターでは海兵隊での活躍を描いたビデオがかかってた(戦場に兵士をすばやく投入、すばやく離脱! とか)。まあそんなこと言ったら日本のメーカーだって三菱も富士重工も新明和も海軍陸軍の飛行機の模型が飾ってあったりしたんだけど。こういうの見てると、やっぱり“技術は中立”なんてうっかり言えないなあと思う。どうしたってそれぞれ歴史がついてくる。
 新明和のブースで救難飛行艇の生産数について訊いたら、「年に1機」とのことだった。いまは自衛隊が7機持ってるだけ(厚木の1機をのぞいて岩国に常駐)。海外からも引き合いはあるんだけど、値段が折り合わないのと、メインテナンス技術(海に浸かるものなので整備がたいへん)の輸出がうまくいかないのとで実績はないそうだ。うーん、活躍しそうな海洋国はお金ないところが多いかも。
 三菱重工のブースの横で、東京マルイが九〇(キュウマル)式戦車のラジコンのデモをやっていた。お得意の電動ガンの発射機構を搭載して、BB弾を最大25メートル飛ばす。砲塔回転、仰角調整可能。スケールは24分の1。五月だかに発売予定で、“赤と青の星の会社じゃぜったいできない”低価格で出してくるらしい。
 屋上では、日本モデルロケット協会の協力で、ロケット教室に参加した子どもたちがモデル・ロケットの打ち上げをやっていた。ただしエンジンは特別に小さいやつで、あんまり高くは飛ばない。協会の人に話をいろいろ聞いたら、現在、キットを陳列販売してる店はないと思っていいそうだ。なかなか敷居が高い。これでネットがなかったら初心者は手も足も出ないかも。
 一周二周したあとは、NASDAのブースで世界のロケット開発史とかのビデオを見てました。おもしろかったけど、去年から今年にかけての状況が反映されてなかったのは残念かも。
3月26日(日)
文化遺産としてのモダニズム建築展 DOCOMOMO20選神奈川県立近代美術館
 自転車で。467で藤沢まで1時間。藤沢から鎌倉まで30分。
 同時に「シャガールと20世紀版画展」もやっていたのだった。でもとりあえず素通り。あとで流し見はしたけど、シャガールは、どうも、なんというか、商品性が高いとは思うけど。
 DOCOMOMOというのは近代建築の保存と調査のための国際組織なんだそうだ。こんどの世界大会で紹介するために、現存する日本のモダニズム建築から20点がえらばれている
 香川県庁舎もえらばれている。うーん、代々木の体育館はカッチョイイと思うけどなあ。やっぱりあれは代表的なモダニズム建築なのか。意匠とコンセプトがよければすべてよしか。(誰もすべてよしとは言ってない。)
 行ったことある建物も多かったけど、知らない建物もけっこうあって、微妙にショックでした。勉強しなきゃ。
 ところで、八王子の大学セミナー・ハウスへ行ったとき、本館のかたちから科特隊の本部を連想したんだけど、これはウルトラマンの前年に建っているのだった。直接影響を受けてるかどうかはわからないけど、時代の空気は共有されているとみていいだろう。ほかにバニラとアボラスの国立競技場とか、シーボーズの霞ヶ関ビル(映像化は竣工前)とか、ウルトラセブンだとキングジョーの六甲山の防衛センターこと国立京都国際会館とか、クレージーゴンの高速道路とかが“最新の風景”だったことに気付いたのは高校生のころだった。
 最近は、都庁のほかにはよい破壊対象が出現してないように思える。ゴジラは毎回まめに壊してるけど、OBP、みなとみらい、幕張、福岡、羽田、どこもパッとしない。オペラシティとかNTTなんて東京近辺でも知られてないんじゃないか。ガメラ3の渋谷は街であって建物じゃないし。京都駅ビルはいい線いってたけど、あれは中から見るものだと思う(ガメラとイリスが中で戦ったのは正しい)。僕の好きな東京国際フォーラム(のガラスホール棟)も、外から見ておもしろいのは京橋方面からの夜景だけ。
 いきなり言うけど、なんというか、“同時代の風景”が、不可視というか、ある特定のパッケージでないものにシフトしている印象がある(なに言ってるのかわかりませんね)。そのへん、今回えらばれている20点の建築物は、写真や模型で把握できるものではある。東京国際フォーラムなんて、写真になんか映りゃしない。これは、どういう変化なんだろうか。僕の錯覚かしら。
 住友ビルディングのパネルの説明にちょっと謎なところがあったので美術館の人に訊いたけど、係の人が接客中でわからないとのことだった。(あとでカタログを読んだら解決。カタログの記述の要約のしかたの問題だった。)
 1時間ちょい滞在。
 帰り、横須賀のほうから帰ろうかと思ったけど、逗子のほうへ出てみると、なんか山だったので中止。じゃあ藤沢方面へ引き返すかというと、なんか強い向い風で、それもいやだ。ちょっと考えて、風向きは「前寄りの横風」であるということにして、向い風をとりあえず排除。海岸沿いに走った。
 どれくらい強い風だったのかというと、波頭が風で崩れるくらい。大きな波が来ていて、サーファーの人とかウインドサーファーの人とかが出ていた。
 4時ごろ、鎌倉高校前駅の前をとおりかかったら、救急車がきていた。海をみると、すぐ沖(200mぐらい?)に小型ヨットが横倒しに転覆してて、漁網かなんかにひっかかっている。保安庁の人がボートでぐるぐる回ってあたりを捜索している。そのうち警察の人とか消防車もきて見守っている。ちょっと見てから離れたけど、どうなったかなあ。
 相模川を渡って平塚まで出て食事。平塚から海老名経由で、家まで2時間。海老名近辺は何度とおってもむずかしい。
3月27日(月)
『スリーピー・ホロウ』ワーナー・マイカル・シネマズ新百合ヶ丘4番シアター、21:50〜)
 うー、凡作。どうしたんだバートン。
 “自分ではバートン派のつもりだけどじつはX‐ファイルとツイン・ピークスのほうが好きなニセ・バートン”が撮ったのかと思った。あるいは、もともとバートンの映画があって、それはあんまりヒットしなかったんだけど、TVシリーズのほうは人気が出て、今回はその総集編、という感じ。もとの映画を公開してくれ。
 ジョニー・デップは、よく映っている。でも、お話としてはいなくてもいいかも。クリスティーナ・リッチと男の子と、ふたりだけで事件を解決したほうが映画になってた気がします。
3月30日(木)
トイ・ストーリー2[吹替版]』(日劇プラザ、14:50〜)
 満員かと思ったけど、指定席は空きがあったかもしれない。Tと1時間ぐらい前から並んだ。
 本編の前にディズニーの新作『ダイナソー』の予告と、ピクサーの名を知らしめた『ルクソーJr.』がかかった。ダイナソーは超大作と宣伝されてるけど、よくわかんない。恐竜の皮膚の動きの処理がまちがってるように見えたけど、だいじょうぶかな。
 本篇はテキサス・インスツルメンツの開発したDLPシネマでの上映。ハードディスクからフィルムなしで上映しちゃう。各色130万画素、液晶のような透過型でなくDMD(デジタル・マイクロミラー・デバイス)という反射型の素子なので輝度はバッチリ、しかも三原色の輝度が電圧とかでなく時分割で完全デジタル制御されるので色もバッチリ、というのが謳い文句(劇場にあったチラシによると、ミラーの明滅は「1秒間に数千回」とある。正確には何回なんだろう?)。光源の管理は実績があるわけだから、心配は素子の故障かな。フィルムの傷や褪色はなくなってもドット落ちが出たりして。
 お話は1時間半とは思えないほど密度が高い。笑いどころ泣きどころもきっちり用意されている。客席の反応もすごくよかった。『ゲーリーじいさんのチェス』の主人公がおもちゃの修理人の役で出演してた。しかしこういう展開になると、アンディ少年がウッディを入手した経緯が謎だな。
 DLPシネマの威力は予想以上だった。だがしかし、これを映画とよんでいいのか。1秒24コマという常識はいつまで通用するんだろう。
松永洋介 ysk@ceres.dti.ne.jp