山本清隆ゼミ「国語辞典を考える」 1994/5/23

当世風の国語辞典

―宣伝文句と実用性―

91L520 松永洋介

1.はじめに

 最近、各出版社とも、新しいことばを多く取り入れ、百科項目(※1)を充実させたというのを売りにしたり、横書き版を用意したり、ワープロとの併用に便利なJISコードを記載したり、CD−ROMなどによる電子メディア版を提供するなど、さまざまに趣向を凝らした辞書を作っている。こうした工夫を凝らす原動力となるのは「学問的情熱」などといったものではなさそうで、辞書をより便利な、魅力的な、多くのユーザーのニーズに応えられる商品にするためにそうしているのであると見える。
 では実際のところ、新しい工夫のなされた国語辞典ども(※2)は、いったいどのような要求の下に、どういうつもりで、どんな性格を持ったものに作られているのか。

 ということで、今回やるのは、ここ数年の間、本屋で売れ筋になっていたり、売り出し中であったりする(と思われる)いくつかの国語辞典の帯を観察して、そこで謳われている特徴を検討することと、いくつかの言葉を通して内容を比較することで、どういうつもりで作っているのかという意図や、商品としての体裁と中身とのズレを明らかにしてみることである。

※1
百科項目:「その言葉が指す具体的事物について説明してある項目」と理解していいかと思うのだが、どうだろう。
※2
ども:「国語辞典」にはっきり集合的な意味(dictionaries)を持たせたかったのだが、ほかに複数を表す適当な言葉はないものか。辞書で見るかぎりは問題ないようなのだが、実際のニュアンスを考えると多少不自然かもしれない。と思ったら今日(5/23)2限目の「捷解新語」で「ども」の話が出ていたりした。昔の用法だが。

 見た辞書は以下の6冊。

『集国』‥‥‥『集英社国語辞典』第1版第1刷(1993.2.25)
『学現』‥‥‥『学研現代新国語辞典』初版(1994.4.1)
『新明解4』‥‥‥『新明解国語辞典』第4版第9刷(1992.2.25)
『講日大』‥‥‥『講談社カラー版 日本語大辞典』第1刷(1989.11.6)
『大辞林』‥‥‥『大辞林』第1版第23刷(1992.7.1)
『広辞苑4』‥‥‥『広辞苑』第4版第2刷(1992.10.9)

2.考察

2.1 売りは何か

 どういう方向で編纂された辞書であるか知りたいなら、序文や凡例を見るのがいちばんいいのだろうが、一般の人が本屋で買う状況を考えて、ここでは帯に書かれた惹句を見ることにする。
 なお、書体や組み方はほとんど無視して、ベタの文章に置き換えた。

『集国』

(表)
新しい時代に新しい集英社国語辞典 [タテ組版]
日常使われることばから、古語・新語・カタカナ語・ABC略語・社会語・専門語まで――本格的な総合国語辞典の決定版!
類書最大の9万2千項目・2096頁を誇る本辞典一冊でビジネスから学習・受験まで――ことばの海への最新版!
発刊記念特別定価2800円(本体2718円)〈期限1993年12月31日まで〉
(背)
新しい時代に生きる本格的な
総合国語辞典の決定版
集英社
(裏)
○生きた日本語に迫る9万2千項目。
○親切な解説と豊富な用例。
○現代生活に対応するカタカナ語・ABC略語・社会語・新語・専門語・人名・地名・書名を幅広く採録。
○パソコン・ワープロ対応のJISコードつき漢字表(6355字)を収録。
○NHK編「日本語 発音アクセント辞典」に準拠したアクセント表示。
○類書最大規模の図版・図表を収録。
発刊記念特別定価2800円(本体2718円) 〈期限1993年12月31日まで〉
定価3200円(本体3107円)

 がんばっているのはわかる。まあまあ。特に芸もなく「ふーん」といった感じではある。
 「ことばの海への最新版!」という壊れた日本語にも拒否反応を示さない人に売るつもりなのだろう。

『学現』

(表)
[新発売]見やすく読みやすい2色刷
金田一春彦編纂!
豊かな言語感覚が身につき、会話・文章表現に即役立つ、
“現代人”必携の日本語辞典!!
(背)
高校生から社会人まで――
金田一春彦 編
[新発売][2色刷]
[学研]
(裏)
※[見やすい・引きやすい・わかりやすい 学研の日本語辞典シリーズ]の広告。代りに化粧箱の裏に印刷してある「特色」を示す。因に定価は2600円(本体2524円)である。
――特色
1――現代人の言語生活に必要十分な約6,5000語を収録
2――語彙の幅を広げ,表現力を豊かにするコラム[類語と表現]
3――ことばの書き分け・読み分けが明確に分かるコラム[使い分け]
4――ていねいで分かりやすい語釈。発展的・比喩的な意味も幅広く採録
5――多義語や助詞・助動詞などの基本語は特に詳しく解説
6――[注意][表記]欄で,語法上の注意点,詳しい表記情報を満載
7――[参考]欄で補足説明を充実させ,語句の由来なども解説
8――故事ことわざ・四字熟語・慣用句も重視。[故事]欄で語源を詳述
9――表現に大いに役立つ,的確で豊富な用例
10――常用漢字・現代仮名遣い・送り仮名の付け方など,現代表記に徹底注解を加えた,充実した付録

 とにかく金田一春彦である。名前が大きく書かれているだけでなく、写真が大きく印刷されている。
 “現代人”がポイントらしい。

『新明解4』

(表)
現代語の実態をあますところなくとらえ、的確な使用に直接役立つ
小型国語辞典の決定版…………!
第四版◆新発売
1,000語を追加して7万3千語収録
三省堂
定価2,500円(本体2,427円)
(背)
現代の言語生活に最適の国語辞典!
全面改訂◆第四版
三省堂
(裏)
学校で、職場で、家庭で必携の[国民的国語辞典]
より美しい日本語のために………!
より豊かな日本語のために………!
定価2,500円(本体2,427円)
三省堂

 元気だ。
 「学校で、職場で、家庭で」というフレーズは似つかわしく思える。
 「美しい」「豊かな」というのは何か違和感があるが、こちらに先入観があるからだろうか。

『講日大』

(表)
引きやすい分かりやすい[日本語+百科]の最高峰。
日本初、オールカラーの最新辞典!!
現代人必須の17万5,000語/英語10万語を併記、類書中最大の写真図版6,000点。
創業80年記念 特別定価6,800円(本体6,602円)
(特別定価期限1990年8月31日)
定価7,300円(本体7,087円)
講談社
(背)
引きやすい分かりやすい[日本語+百科]オールカラー最新辞典
講談社
(裏)
今までの常識を超えた[10大機能!!]
[国語+百科]辞典 必要にして十分な新語・古語・外来語も網羅
[カラー大図鑑]辞典 動植物から芸術項目まで6000点
[英語10万語]辞典 国際化時代に役立つ英語情報
[漢字8600字]辞典 類書中最大!全教育漢字に筆順付き
[ワープロJIS句点コード]辞典 第二水準6353字まで完全収載
[日本・世界人名]辞典 現存者を含む1万人収録
[市町村地名]辞典 「全国市町村要覧」による3300を掲載
[故事ことわざ]辞典 金言・格言・名言など8800項目
[アルファベット略語]辞典 情報化時代に便利な3600語
10
[書く・話す実用]辞典 日常生活に欠かせない情報満載

 言っては何だが、かなり下品である。
 JIS漢字コードを第二水準まで「完全収載」と言っているが、しかし区点コードのみで、十六進コードがない。片手落ちである。(パソコンでなくワープロに対応したのだといっても、キヤノンの製品などワープロでも十六進コードで入力させるはずだ。)

『大辞林』

(表)
〈新発売〉
[国語][百科]22万項目
ことばの知識をまとめた2色刷特別ページ
最新・最大・最高の国語大辞典
【定価】=6,300円〈本体=6,117円〉
三省堂
(背)
〈新発売〉
現代を呼吸する[国語][百科]22万項目
三省堂
(裏)
現代語を重視。すべての時代をカバーする国語語彙+膨大な百科項目。
一冊もの国語大辞典最大の22万項目。
現代使われている意味から記述。現代語・近代語にも豊富な用例。わかりやすく生き生きとした解説。
常用漢字表、現代かなづかい、送り仮名のつけ方のよる表記の指示。
現代語には、アクセントを表示。
ていねいな語誌・語法・文法の説明。
見やすさ、使いやすさを追求した画期的な紙面構成。
【定価】=6,300円〈本体=6,117円〉
三省堂

 デザインが最も洗練されている。「最新・最大・最高の国語大辞典」はちょっと大袈裟な気がするが、デザインで見せてしまっている。

『広辞苑4』

(表)
8年ぶりの大改訂 新収=1万5千項目
磨きぬかれた最新版
新発売
定価6500円(本体6311円) 岩波書店
(背)
最大規模の大改訂
新発売 第四版
新収=一万五千項目
(裏)
激動する時代の要請にこたえ、現代語と百科項目を飛躍的に充実
「広辞苑」改訂史上,最大規模の大改訂
総収録項目22万余――類書を圧倒
各界第一線の専門家が全力を挙げ執筆
図版・表組を充実,造本・装丁に工夫
増頁にもかかわらず軽量化に成功

 おとなしいデザインである。ブランドの自信か。
 前々回(5/9)のディスカッションで話題になっていた「百科項目」という言葉、実は広辞苑も帯では使っている。
 「類書」といえばすぐ「22万項目」の大辞林を思うのだが、なるほどこちらは「総収録項目22万余」の「余」の差で勝っているようだ。
 「軽量化に成功」はいいことだ。いろいろ工夫したんだろう。

2.2 売りとは何か

 こんどは中身である。こなれた表現・あまり聞かない言葉・カタカナ語の扱い、いろいろ見てみたいので、さきほど使った「売り」と、それに近い言葉で「セールスポイント」「謳い文句」「惹句」「キャッチフレーズ」「コピー」を見る。

(1)「売り」

『集国』
うり【売り】(1)売ること。(2)[経](取引で)値下がりを予想して売ること。▽(1)(2)⇔買い。selling
→う‐る【売る】〔他五〕(1)代金を受け取って、品物や所有権を人に譲り渡す。⇔買う。「切符を―」「家を―」(2)自分の利益のために、裏切り行為をする。「国を―」(3)世の中に知られるようにする。「名を―」「顔を―」(4)相手に仕かける。⇔買う。「けんかを―」「恩を―」
『学現』
うり【売り】(1)売ること。「店を―に出す」(2)相場のさがるのを予想して株券や商品を売る方にまわすこと。「―に出る」「―に回る」「―を急ぐ」[対]1・2買い。
→う・る【売る】《他五》(1)代金とひきかえに品物・権利などを他人に渡す。「株を―・る」[対]買う。(2)世間にひろめる。「男を―・る」(3)自分の利益のために裏切る。「仲間を―・る」(4)〔ある行為を〕しかける。おしつける。「媚こびを―・る」[文]《四》 ⇒類語と表現

 「男を売る」のは意味がわからないのではないか、と思ったが、「男」の(4)に〈男性としての面目・体面。「―を上げる」「―がすたる」「―を売る(=男気があるという評判をひろめる)」〉とあった。男気はまた別に載っており、調べれば意味はわかった。

『新明解4』
うり【売(り)】売ること。〔狭義では、相場の値下がりを予想して、売ることを指す〕「――に出る〔=(A)人目にさらされて、売られることになる。(B)相場で、売り手になって行動する。売りに回る〕」⇔買い
→う・る【売る】(他五)(一)〔求めに応じて〕代金と引き換えに(物や権利などを)人に渡す。⇔買う(二)〔名声などを〕広く知られるようにする。「名を―」(三)〔利益に目がくらんで〕自分と行動を共にしたものを不利な立場に陥れる。「国を敵に―・友を―」(四)〔相手をそれに応じさせようとして〕しかける。「けんかを―・議論を―・媚コビを―」
『講日大』(ナシ)
『大辞林』
うり【売り】(1)売ること。「家を―に出す」(2)相場の値下がりを予想して売ること。「―に回る」▽⇔買い
→う・る【売る】[一](動ラ五[四])(1)代金を受け取って物などを譲りわたす。⇔買う。「土地を―・る」「情報を―・る」(2)自分の利益のために裏切る。「国を―・る」「仲間を―・る」(3)自分が他人によく知られるようにする。「顔を―・る」「名前を―・る」(4)しかける。おしつける。「けんかを―・る」「恩を―・る」(5)代金を受け取って、異性に身をまかせる。「体を―・る」「春を―・る(=女性ガ代金ヲ取ッテ男ニ身ヲマカセル)」(6)看板にする。かこつける。「ぬけ参りの者に御合力ごごうりょくと御伊勢様を―・りて、この十二、三年も同じ偽うそにて世を過る/浮・永代倉」[可能]うれる[二](動ラ下二)⇒うれる
『広辞苑4』
うり【売り】(1)売ること。「―に出す」(2)(取引用語)将来相場の下落を見越して売ること。⇔買い。
→う・る【売る】[一]〔他五〕(1)代金を受け取って品物・権利などを渡す。販売する。古今雑「家を―・りてよめる」。宇津保藤原君「魚・塩積みもてきたり。…店に据ゑて―・る」(2)利に誘われて裏切る。椿説弓張月前編「われを―・りて栄利に走るその愚者(しれもの)」「国を―・る」(3)世間に評判などを広める。世に知られる。「顔を―・る」「度胸で―・った男」(4)(打算的に恩義などを)おしつける。また、(相手の反発を買うような行為をわざと)しかける。「恩を―・る」「けんかを―・る」(5)表向きの口実にする。かこつける。永代倉二「ぬけ参りの者に御合力と御伊勢様を―・りて」[二]〔自下二〕⇒うれる(下一)

 結局どの辞書にも、この項の見出しに使った用法がなかった。「この車はエアバッグの標準装備が売りだ」とか、結構使うと思うのだが。もしかすると『大辞林』(6)や『広辞苑4』(5)の「看板にする」「表向きの口実」なのかもしれないが、しかし「かこつける」のとは違う。

(2)「セールスポイント」

『集国』
(「セールス」の子見出し)―ポイント 販売上、特に強調したい商品の特質・利点。▽和製英語。sales point
『学現』(ナシ)
『新明解4』(ナシ)
『講日大』(ナシ)
『大辞林』
(「セールス」の子見出し)―ポイント[sales point]商品を売りこむ際、客に強調すべきその商品の特徴や利点。
『広辞苑4』
(「セールス」の子見出し)―‐ポイント(〜 point)商品を売りこむ際、特に強調する長所・要点。

 意外に載っていないものである。

(3)「謳い文句」

『集国』
うたいもんく【謳い文句】特長となるところを宣伝することば。キャッチフレーズ。
『学現』
うたい‐もんく【謳い文句】多くの人に知ってもらうために長所を強調していう短いことば。キャッチフレーズ。
『新明解4』
(「歌い」の子見出し)【謳うたい文句もんく】〔人の注意をひくために〕特徴・長所などを特に強調していう言葉。キャッチフレーズ。「広告の―」
『講日大』
うたい‐もんく【謳い文句】特徴・長所などを、とくに強く言うことば。キャッチフレーズ。catchphrase; blurb
『大辞林』
うたいもんく【謳い文句】宣伝などのために、盛んに言いたて強調する言葉。標語。キャッチ‐フレーズ。「―ばかり立派で、内容がない」
『広辞苑4』
(「歌い」の子見出し)―‐もんく【歌い文句・謳い文句】広告などで、特長をとりあげて強調することば。

(4)「惹句」

『集国』
じゃっく【惹句】キャッチフレーズ。
『学現』
じゃっ‐く【惹句】〔文〕人の心をひきつける、短い文句。特に、宣伝・文句。うたい文句。[参考]catch phraseの訳語。
※〔文〕は「文章語」の表示。
『新明解4』(ナシ)
『講日大』
じゃっ‐く【惹句】広告などで、人の注意をひこうとする簡潔なことば。歌い文句。キャッチフレーズ。
『大辞林』
じゃっく【惹句】人の注意や興味をひきつけるための文句。広告などのうたい文句。キャッチフレーズ。
『広辞苑4』
じゃっ‐く【惹句】(キャッチ‐フレーズの訳語)宣伝・広告などで人を引きつける文句。

 惹句がキャッチフレーズの訳とは知らなかった。漢字で惹句と書いたほうが意味はわかりよいと思うが、扱いはもともとの言葉であるキャッチフレーズの方が上であるようだ。

(5)「キャッチフレーズ」

『集国』
キャッチフレーズ〈catchphrase〉広告などで人に強い印象を与える短い文句。うたい文句。
『学現』
(「キャッチ」の子見出し)―フレーズ 簡単な表現で、人の注意をひくよう宣伝の文句。うたい文句。▽catch phrase
『新明解4』
キャッチフレーズ〔catch phrase〕広告などで相手に強い印象を与えるために使う、短い効果的な言葉。うたい文句。惹句(ジャック)。

 さっき見た通り『新明解4』に「惹句」の項はない。

『講日大』
キャッチ‐フレーズ【catch phrase】広告などで、ひとの注意をひこうとするうたい文句。
『大辞林』
(「キャッチ」の子見出し)―フレーズ[catch phrase]宣伝・広告などで、人の心をとらえるように工夫された印象の強い文句。うたい文句。惹句(じゃっく)。
『広辞苑4』
(「キャッチ」の子見出し)―‐フレーズ【〜 phrase】人の注意をひくように工夫した簡潔な宣伝文句。惹句(じゃっく)。

(6)「コピー」

『集国』
コピー〈copy〉[一]〔名・他スル〕写し。複写。複製。[二]〔名〕広告の宣伝文句。
『学現』
コピー(1)《名・他サ》〔原稿・書類・美術品などの〕写し。模写。複写。また、それを作ること。「――をとる」(2)広告文案。「―ライター」▽copy
『新明解4』
コピー〔copy〕(一)―する文書の複写や美術品などの模造(モゾウ)など、すべて現物通りに作ったもの。また、それを作ること。(二)〔広告の〕文案。「―ライター(4)〔=人の心を引きつける、気の利いた広告文を考え出す人〕」[かぞえ方](一)の文書の複写は一枚・一通・一部

 この[かぞえ方]はおかしい。(一)の用法での「コピー」の数え方を示すなら限定せず示すべきで、複写した文書の数え方は「文書」の項にあればよい。ところで「文書」を見ると「[かぞえ方]一通・一点・一部」とあって、両者は対応していない。

『講日大』
コピー【copy】(1)書類などの写し。複写。[用例]―をとる。(2)複製。模造。[用例]美術品の―。(3)広告の見出しや文章。[用例]―ライター。
『大辞林』
コピー[copy](名スル)(1)写し。複写。複製。「設計図の―をとる」「フロッピー‐ディスクを―する」(2)本物に似せたもの。「―商品」(3)広告のキャッチ‐フレーズや説明文案。
『広辞苑4』
コピー【copy】(1)写し。複写。模倣。複製。「―を取る」(2)下書き。手本。(3)広告文。

 「コピー」の意味としては「複写機」があってよさそうなものだが、ない。辞書を作る人たちも「コピーを使う」「コピーの電源を入れる」「コピーが壊れた」という用法をすると思うが。

2.3 売りにならないこと

 前項の言葉を調べてまわるうちに、気になるものを見つけた。『集国』と『講日大』の「コピー」に関係したことばである。

『集国』
(コピーの子見出し)―食品しょくひん 別の材料を加工して、本物に似せた味や外見をもたせた食品。かに風味のかまぼこや化学合成のイクラなど。

 「コピー食品」という言葉が、「カニ風味カマボコなどのいわゆる」といった説明なしに、そのようなもの一般を指すことばとして流通する場はないと思われるので無意味である。

『講日大』
コピー‐しょくひん【コピー食品】外見や味・香りを本物に似せた食品。カニの脚肉に似せたかまぼこ、ゼラチンのイクラなど。
コピー‐犯罪【コピー犯罪】コピーを利用して、契約書・領収書・委任状などの文書を偽造し、それを用いてする犯罪。
コピーライター【copywriter】広告文案家。

 「コピーを利用して」というその「コピー」は「複写機」だろうが、見てきた通り、そういう意味は載っていない。
 『講日大』に「広告文案」「広告文案家」の項目はない。これではわかりにくいだろう。

3.まとめ・感想

 個々の記述内容を検討するにも、まずその辞書の性格を把握した上ででないと、適用対象(使用目的)がはっきりしない状態では記述の妥当性の評価も難しいだろう。
 その特性を判断するには、しかしまず内容の検討から始まることなのだろうが、今回は出版した側の自己申告であるとも言える帯の謳い文句を見てみた。売上げに直接つながるチャンネルであるから、どんな点に自信を持っている辞書であるか一目でわかるはずだ。
 それから、こういうテーマにしたのは「最近は新しい辞書も売り出されてるのに、広辞苑とか昔からあるのばっかり見てるのも何だな」と思ったこともある。せっかく研究室にあるから使ってみたかったのだ。
 題材に使ってみて、さて自分で使いたいかといえば、集英社国語辞典はタテヨコの大きさと厚さのバランスがおかしいのでできれば手に取りたくない。漢字が見やすいのはいいが、字だけ見るには項目が多すぎるし、全体の組み方は窮屈で読みづらい。日本語大辞典はいかにも洗練されてない様子が端々から感じられる。作るときに「コンセプト」とか言ってそうだし、本の造りは救い難くダサい。厚さが半分だったらよかったのに。紙面は字が小さすぎるのかスカスカだ。
 「すでに現在、はなはだセンスに欠けた新語や、必然性のないカタカナ語がむやみに氾濫しつつある。その中のどれが真に時代の要請に応じうる、必然性をもった新語・カタカナ語であるか、どれが単なる根無し草的流行語であるかを判断する能力を、われわれ一人一人がもたなければならなくなっている。」(『講日大』「序」)と言って「コピー食品」などという言葉を載せないでほしい。(それともわざと批判を加えつつ読まないといけないように作ってあるのか。)「時代の先端を行く専門領域の用語の解説と、古典に用いられている文学用語の解釈とが、同じ一冊の辞典に共存するというのは、やや混雑した感じを与えるかもしれない。しかし、これはむしろ現代の日本社会の実情の反映でもあって、その要求に広く応じようとするからなのである」(同)から、この辞書につまらない項目が山ほどあって使いにくいのは、現代の日本社会の反映だから仕方がないのか? 「実情」と「要求」は、関係はあるが全然違うものであるはずだ。
 引用はしないが、『学現』の「理想の国語辞典を目指して」という序文は気持ちよかった。いわば、言葉を使う上での“等身大の背伸び”のために作った、というようなことが、よくわかる言い回しで述べてある。今後も見ていきたい辞典に思えた。

以上

松永洋介 ysk@ceres.dti.ne.jp